— WARRIORS —
注目の武将
1535–1585
丹羽長秀
にわ ながひで
織田信長の宿老。若狭を与えられて織田家臣で最初の国持大名となり、本能寺の変後は山崎の戦い・清洲会議・賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉を支えた
若狭一国・近江佐和山(天正元年〜)→ 越前国・加賀二郡(天正11年〜、約60万石)
1569–1615
淀殿
よど どの
浅井長政とお市の方の長女で浅井三姉妹の長女。豊臣秀吉の妻となり秀頼を産んだ。秀吉の死後は秀頼の後見として大坂城に入り、大坂夏の陣で秀頼とともに自害した
1547–1583
お市の方
おいち の かた
織田信長の妹。北近江の浅井長政に嫁いで浅井三姉妹を産み、浅井氏滅亡後は柴田勝家と再婚した。賤ヶ岳の戦いに敗れた勝家とともに北ノ庄城で自害
— BATTLES —
主要な合戦
天正10
1582
山崎の戦い
▲ 羽柴軍の勝利。明智光秀は敗走中に小栗栖で落命 於 · 山城国・摂津国境の山崎
本能寺の変からわずか11日後に秀吉が光秀を討ち、信長の後継者の地位へ進む起点となった戦い
天正元
1573
小谷城の戦い
▲ 織田軍の勝利。浅井氏は3代で滅亡 於 · 小谷城
浅井氏を滅ぼして北近江を平定し、信長包囲網の一角を崩した戦い
天正13
1585
四国攻め
▲ 羽柴軍の勝利、長宗我部氏は土佐一国のみ安堵 於 · 一宮城
豊臣秀吉の全国統一戦の主要局面。四国が豊臣体制に組み込まれ、長宗我部氏による四国統一路線は終焉した
慶長19
1614
大坂冬の陣
▲ 和議成立(大坂城の外堀・二の丸・三の丸の堀を埋め立てる条件で講和) 於 · 大坂城
大坂の陣の前半戦。徳川と豊臣の武力衝突が始まった籠城戦で、真田信繁が真田丸の戦いで武名を天下に知らしめた。和議による堀の埋め立てで、翌年の夏の陣における大坂城の防御力は大きく損なわれた
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