— WARRIORS —
注目の武将
1546–1582
武田勝頼
たけだ かつより
武田信玄の四男から家督を継ぎ、武田氏最大規模の領国を築くも、長篠の敗戦後に織田・徳川・北条の包囲を受け、天目山に散った武田氏最後の当主
甲斐、信濃、駿河、上野(一部)、遠江(一部)、三河(一部)
1567–1643
立花宗茂
たちばな むねしげ
「西国無双」と称された大友氏の名将。関ヶ原で改易されながら旧領・筑後柳川への復帰を果たした唯一の大名。武勇と義に厚い人物として知られる
筑後柳川13万2千石(改易後、陸奥棚倉3万石を経て柳川10万9千石で復帰)
1556–1623
上杉景勝
うえすぎ かげかつ
上杉謙信の養子。御館の乱を制して家督を継ぎ、豊臣政権の五大老に列して会津120万石を領した。寡黙で威厳ある名将として知られる
越後・佐渡・出羽庄内・信濃川中島(のち会津120万石、米沢30万石)
— BATTLES —
主要な合戦
天正3
1575
長篠の戦い
▲ 織田・徳川連合軍の大勝 於 · 三河国設楽原・長篠城
武田氏が重臣層を含む多くの将兵を失った戦国史の転換点。馬防柵と鉄砲を活用した野戦築城が武田軍の突撃を打ち砕き、織田信長の「天下人」としての台頭を決定づけた
慶長5
1600
大津城の戦い
▲ 西軍の勝利(大津城開城)。ただし開城が関ヶ原本戦と同日となり、戦略的価値は失われた 於 · 大津城
関ヶ原の戦いの前哨戦。京極高次の籠城が立花宗茂ら西軍1万5千を9日間にわたり足止めし、本戦に参加させなかった。家康はこの功を高く評価し、高次に若狭一国を与えた
天正6
1578
御館の乱
▲ 上杉景勝の勝利 於 · 御館・春日山城
上杉謙信の死後、養子の景勝と景虎が家督を争った内乱。景勝が勝利して家督を継いだが、上杉氏の勢力は大きく衰退し、武田氏滅亡の遠因ともなった
天正13
1585
第一次上田合戦
▲ 真田軍が徳川軍を撃退 於 · 上田城および神川周辺
真田昌幸の智謀を天下に知らしめ、真田氏が武田の旧臣から独立した戦国大名へ飛躍する大きな転機となった戦い
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