— WARRIORS —
注目の武将
1539–1600
鳥居元忠
とりい もとただ
人質時代の徳川家康に仕えた側近。三方ヶ原・長篠などを戦い、甲斐都留郡、のちに下総矢作4万石を任された。関ヶ原の戦いの前に伏見城を守って討ち死にし、「三河武士の鑑」と称えられた
甲斐都留郡・下総矢作
1525–1586
滝川一益
たきがわ かずます
織田信長の宿老。伊勢攻めと長島一向一揆で功を重ね、武田氏を滅ぼした後は上野一国を任されて関東の諸大名との取次にあたった。本能寺の変の直後、神流川の戦いで北条氏に敗れて関東を失った
北伊勢5郡・上野一国・信濃小県郡・佐久郡
1536–1588
佐々成政
さっさ なりまさ
信長の親衛隊・黒母衣衆を率いた武将で、のちに越中一国を任された。小牧・長久手の戦いのさなかに秀吉と手を切り、末森城で前田利家に敗れる。降参後は肥後一国を与えられたが、国人の一揆を抑えきれず、その責めを負って腹を切った
尾張比良城・越前府中2郡・越中一国・肥後一国
— BATTLES —
主要な合戦
慶長5
1600
伏見城の戦い
▲ 西軍の勝利。伏見城は落城し、守将の鳥居元忠をはじめ城兵800人が討ち死にした 於 · 山城国伏見城
関ヶ原の戦いの前哨戦。家康の留守を預かる伏見城が西軍に攻め落とされたが、攻略に10日以上かかったことが、西軍の美濃・伊勢への展開を遅らせたとする説がある
天正10
1582
神流川の戦い
▲ 北条軍の勝利。滝川一益は上野を手放して伊勢へ引き揚げた 於 · 武蔵国賀美郡周辺
本能寺の変の直後、織田家の関東支配を任されていた滝川一益を北条氏が破った戦い。関東で戦国時代最大の野戦ともいわれ、旧武田領の奪い合い(天正壬午の乱)の口火となった
天正12
1584
末森城の戦い
▲ 前田利家側が勝った。敗れた佐々成政は越中へ引き揚げ、その後は守りに徹した 於 · 能登国末森城
小牧・長久手の戦いに合わせて兵を挙げ、加賀と能登を切り離そうとした佐々成政を、前田利家が退けた戦い。利家は自分の領国を守り切り、この勝利が翌年の富山の役へと続いていく
天正5
1577
手取川の戦い
▲ 上杉軍が勝ったとされる。ただし『信長公記』は合戦そのものに触れておらず、規模については見方が分かれる 於 · 加賀国手取川
上杉謙信が北陸へ出てきた織田軍を退け、能登と加賀を手に入れた戦い。押され気味だった信長包囲網は、謙信が死ぬまでの間いくらか持ち直した
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