武将名鑑
上杉謙信
「越後の龍」と呼ばれ、義を重んじて武田信玄・北条氏康・織田信長と戦い続けた戦国最強の武将の一人
今川義元
「海道一の弓取り」と称された東海の覇者。駿河・遠江・三河を支配し、最盛期には戦国最大級の版図を誇った
伊達政宗
「独眼竜」の異名で知られる奥州の覇者。摺上原の戦いで南奥州を制覇し、仙台藩62万石の礎を築いた文武両道の名将
前田利家
「槍の又左」の異名で勇名を馳せた豊臣政権五大老の一人。賤ヶ岳の戦いで柴田勝家から羽柴秀吉方に転じ、加賀百万石の礎を築いた
北条氏康
後北条氏第3代当主。河越夜戦で関東の主導権を確保し、武田信玄・上杉謙信と渡り合いながら30年以上にわたって後北条氏を率い、検地や税制改革など先進的な民政制度を整備した
島津義弘
島津四兄弟の次男として九州統一戦で活躍し、朝鮮の役では「鬼石曼子」と恐れられた猛将。関ヶ原の戦いでは敵中突破の退却戦「島津の退き口」で知られる
徳川家康
戦国の世を生き抜き、最終的に天下を統一した江戸幕府の創始者
明智光秀
織田信長の重臣として丹波平定など数々の功績を挙げたが、天正10年(1582年)に本能寺の変を起こし主君・信長を討った。わずか11日後に山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れ落命した
本多忠勝
徳川四天王の一人。生涯57度の合戦でかすり傷一つ負わず、秀吉に「日本第一、古今独歩の勇士」と称された徳川家康の忠臣
武田信玄
「甲斐の虎」と呼ばれ、騎馬軍団と巧みな外交で領土を拡大した戦国最強の武将の一人
毛利元就
策略家として知られる中国地方の覇者。一代で安芸の国人領主から中国地方8ヶ国を支配する大大名へと成長し、厳島の戦いでの劇的な逆転勝利や毛利両川体制の構築で知られる知略の名将
直江兼続
上杉景勝の家老。約35年にわたり内政・外交を単独で執り、「愛」の前立の兜で知られる
真田幸隆
武田信玄の信濃攻略を調略の才で支え、砥石城攻略で名を馳せた真田氏中興の祖
石田三成
豊臣秀吉の股肱の臣として行政・外交・検地に卓越した手腕を発揮した五奉行の一人。秀吉の死後、徳川家康の台頭に対抗して西軍を組織し関ヶ原の戦いに敗れた
織田信長
革新的な戦術と政策で天下統一に最も近づいた戦国大名
豊臣秀吉
農民から天下人へ。日本史上最も劇的な立身出世を遂げた人物
長宗我部元親
土佐一国から四国全土をほぼ制圧し「土佐の出来人」と称された長宗我部氏第21代当主。豊臣秀吉の四国征伐で降伏し土佐一国を安堵された
黒田官兵衛
羽柴秀吉に仕えた参謀格の武将。備中高松城の水攻めや中国大返し、九州平定で活躍し、晩年は如水と号した