上杉景勝の家老として内政・外交を一手に担い、「愛」の前立の兜で知られる直江兼続の武将ページと、「北の関ヶ原」と呼ばれる長谷堂城の戦いの合戦ページを公開しました。
直江兼続
約35年にわたり上杉家の執政を務め、関ヶ原の戦いでは総大将として最上領に侵攻。長谷堂城からの撤退戦は敵将にも称賛された名撤退として知られます。米沢減封後は治水・殖産興業に尽力し、藩政の基礎を築きました。
長谷堂城の戦い
慶長5年(1600年)9月、関ヶ原の戦いとほぼ同時期に出羽国で行われた合戦です。直江兼続率いる上杉軍約25,000人が、志村光安ら約1,000人が守る長谷堂城を約2週間攻めるも攻略できず、関ヶ原敗報を受けて撤退しました。
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