お知らせ武将合戦2026年05月03日

前田利家と賤ヶ岳の戦いのページを公開しました

戦国武将・前田利家の詳細ページと、賤ヶ岳の戦いの合戦ページを公開しました。「槍の又左」と称された利家の生涯を年表形式で解説し、織田家旧臣の主導権を決した賤ヶ岳の戦いの経過を時系列で紹介しています。

戦国史の杜に、新たに前田利家の武将ページと賤ヶ岳の戦いの合戦ページを公開しました。

前田利家

加賀藩前田氏の祖となった豊臣政権の五大老の一人です。尾張国荒子の小領主の四男から織田信長の小姓として身を起こし、「槍の又左」と称される武勇で頭角を現しました。柴田勝家の与力として北陸方面を転戦して能登一国の大名となり、賤ヶ岳の戦いで秀吉方に転じてからは加賀・能登・越中にまたがる加能越83万石の大領を築きました。秀吉死後は秀頼の傅役として家康と対峙しましたが、慶長4年(1599年)に病没しています。

年表では、織田家への仕官から笄斬り事件、賤ヶ岳の離反、加賀百万石の礎を築く過程、五大老就任までの62年の生涯を時系列で紹介しています。

賤ヶ岳の戦い

天正11年(1583年)、織田家旧臣の主導権をめぐって羽柴秀吉と柴田勝家が近江国伊香郡で激突した戦いです。佐久間盛政の大岩山砦奇襲をきっかけに本戦が始まり、秀吉の「美濃大返し」と前田利家の戦線離脱によって戦況は一気に決しました。加藤清正・福島正則ら「賤ヶ岳の七本槍」が活躍したことでも知られます。この勝利によって秀吉は織田信長が築いた権力と体制を継承し、天下人への第一歩を踏み出しました。

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