お知らせ武将合戦2026年04月12日

島津義弘と耳川の戦いのページを公開しました

戦国武将・島津義弘の詳細ページと、耳川の戦いの合戦ページを公開しました。義弘の生涯を年表形式で解説し、耳川の戦いの経過を時系列で紹介しています。

戦国史の杜に、新たに島津義弘の武将ページと耳川の戦いの合戦ページを公開しました。

島津義弘

島津四兄弟の次男として九州統一戦で活躍した猛将です。木崎原の戦いでは300の寡兵で3,000の大軍を撃破し、朝鮮の役では「鬼石曼子」と恐れられました。関ヶ原の戦いでは敵中突破の退却戦「島津の退き口」で知られています。

年表では、初陣から九州統一戦、朝鮮の役での活躍、関ヶ原の戦い、そして加治木での晩年まで、85年の生涯を時系列で紹介しています。

耳川の戦い

天正6年(1578年)に日向国高城川原で行われた、島津氏と大友氏の大規模な合戦です。「高城川の戦い」とも呼ばれ、大友軍の内部分裂と島津軍の巧みな伏兵戦術により大友軍は壊滅的な敗北を喫しました。この合戦は大友氏の衰退と島津氏の九州制覇への転機となりました。

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